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東京高等裁判所 昭和50年(う)347号 判決 1977年10月26日

本店所在地

埼玉県大里郡岡部町大字西田八九番地二

六弥太観光株式会社

右代表者代表取締役

小内保子

本籍

埼玉県大里郡岡部町大字西田八九番地二

住居

埼玉県深谷市西大沼二二六番地

会社役員(元右会社代表取締役)

小内岩一

昭和七年一月二七日生

右会社に対する法人税法違反被告事件、小内岩一に対する法人税法違反、賭博開張図利幇助、賭博、常習賭博、覚せい剤取締法違反被告事件につき、昭和四九年一二月一九日浦和地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人両名から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をして、つぎのとおり判決する。

主文

被告人六弥太観光株式会社の本件控訴を棄却する。

原判決中被告人小内岩一に関する部分を破棄する。

被告人小内岩一を懲役二年六月および罰金一〇万円に処する。

被告人小内岩一が右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

ただしこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

押収してある覚せい剤二袋(東京高裁昭和五〇年押第一二七号の一、二)を被告人小内岩一から没収する。

原審における訴訟費用は、被告人小内岩一と相被告人六弥太観光株式会社との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人(被告人両名の弁護人。以下同じ)西村真人、同渡部喬一共同作成名義の控訴趣意書(ただし、第二点の二の(一)ないし(四)を除く)、同田中豊恵、同田原義衛、同西村真人各作成名義の各控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官品田賢治作成名儀の答弁書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一  弁護人西村真人、同渡部喬一の控訴趣意第一点について所論は要するに、原判決は判示第一の一ないし三の各所為につき、被告人小内岩一(以下単に被告人小内という)に対し法人税法一五九条一項を、被告人六弥太観光株式会社(以下単に被告会社という)に対し同法一五九条一項、一六四条一項を適用、処断しているが、右各行為に対しては、すでに国税通則法六八条が適用されて、重加算税が賦課され、被告会社においてこれを完納しているのであるから、さらにそのうえに被告人両名に対し法人税法一五九条を適用して刑罰を科することには、右法条の解釈適用を誤った違法があり、該違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるにとどまらず、憲法三九条後段、同三一条、同一三条に違反するというのであり、その理由を以下のごとく敷えんしているので、それらにつき逐次検討を加える。

(一)  所論は、法令解釈適用の誤りの理由として、法人税法の逋脱犯の成立時期は納期説を正当とすべきところ、租税庁が調査権を活用して不正行為を発見し、更正決定を行ない、かつ、重加算税を賦課することにより、納税義務者の不正行為は、すべて未遂に終ってしまったというべきであり、法人税法上の逋脱犯は成立する余地はないという。

しかしながら、逋脱罪の既遂時期は、期限前の虚偽申告逋脱にあっては法定納期限(法定申告期限と一致する。法人税法七七条、七四条)、期限後の虚偽申告逋脱にあっては申告時と解すべきであり、原判示第一の一の事実にあっては昭和四五年四月三〇日、同二の事実にあっては昭和四六年五月一〇日、同三の事実にあっては昭和四七年五月一日であるから、右各日時以後において更正決定等が行なわれて租税債権が満たされ、かつ、重加算税が賦課されたとしても、逋脱犯の成否には影響しないことはいうまでもないところであり、論旨は理由がない。

(二)  所論は、国税通則法六八条の重加算税は、課税要件、課税額等からすれば刑罰である罰金としての実質を有するものといわざるをえず、同一の租税逋脱行為に対し重加算税を賦課したうえ、重ねて法人税法一五九条に問擬することは憲法三九条に違反するものであるし、かりに重加算税が刑罰でないとしても憲法三九条の趣旨は刑罰以外にも準用されるべきであるからやはり憲法三九条に違反するものである、という。

しかしながら、重加算税は、刑罰とは趣旨、性質を異にするものであり、同一の租税逋脱行為について重加算税のほかに刑罰を科しても憲法三九条に違反するものでないことは、最高裁判所昭和四五年九月一一日第二小法廷判決(第二四巻一〇号一三三二頁)等が説示するとおりであり、被告人小内に対する関係においてはもちろん、現実に重加算税を賦課された被告会社に対する関係においても、法人税法一五九条一項に問擬することは憲法三九条に違反するものではない。論旨は理由がない。

(三)  所論は、重加算税という刑罰に類するような制裁を、租税徴収という行政手続で科するものというべき国税通則法六八条は、憲法三一条に違反すると述べるごとくである。

しかし、原判示第一の一ないし三の所為につき、被告人両名に対し法人税法一五九条一項を適用処断することは、憲法三一条に違反するとはいえない(前掲最高裁判決参照)。なお、国税通則法六八条が憲法三一条に違反するか否かは、本件につき法人税法一五九条一項を適用処断することが憲法三一条に違反するか否かとはまったく別個の問題である(重加算税の趣旨、性質からすれば、国税通則法六八条は憲法三一条に違反するものではない)。論旨は理由がない。

(四)  所論は、重加算税という苛酷な課税が行なわれ、なおそのうえに重ねて本件のように実刑や多額の罰金を科するのであれば、被告人両名に対し法人税法一五九条一項を適用処断することは憲法一三条に違反するという。

しかし、前記最高裁判決の趣旨にかんがみれば、右の主張も理由がない。これは量刑の当、不当の問題として処理すれば足りることである。論旨は理由がない。

二  弁護人西村真人、同渡部喬一の控訴趣意第二点について

所論は、要するに、原判決は、原判示第一の一ないし三の事実に関し、被告人小内に法人税逋脱の故意を認定したのであるが、原判決挙示の証拠中被告人小内の逋脱の故意についてふれる部分はいずれも抽象的、結論的な供述にとどまり、具体性を欠いているうえ、重大な点において相互にくい違いがあるのであって、このような証拠により被告人小内に逋脱の故意を認定することは、証拠の評価を誤りその結果事実を誤認した違法がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠により被告人小内に逋脱の故意があると認定した原判決の措置は優に是認できるところである。すなわち、原判決が判示第一の一ないし三の事実の関係で掲げる証拠、なかんずく、田部井功の昭和四七年九月五日付、村松立子の同年八月二八日付、一〇月二六日付、小内保子の同年九月二〇日付、被告人の同年八月二二日付、一一月一一日付各大蔵事務官に対する質問てん末書、村松立子の昭和四八年二日二二日付、小内保子の同年二月九日付、被告人の同年二月九日付各検察官に対する供述調書によれば、被告会社が経営する深谷トルコおよびトルコ宇宙船における経理事務は、なるほど、日常は主として被告人小内の妻小内保子、従業員村松立子が行なってきたのであるが、被告人小内が被告会社の法人税の逋脱および売上金の隠匿、備蓄を目的として、右両トルコ風呂の経営に関し、右保子および村松に指示して深谷トルコについては昭和四三年の法人設立以来、また、トルコ宇宙船については、昭和四五年七月の開業以来、毎日の売上金を一部除外のうえ架空名義の裏預金の設定をさせ、また、売上の一部除外に対応してタオルの賃借料等経費の一部除外や、架空の借入金を計上する等して表向きの現金出納帳や当座預金照合帳に自ら記帳し、または右保子や村松を記帳させ、これら操作後の数字に基づく関係帳簿等をもとに、情を知らない田部井功をして本件各年度の決算書および確定申告書を作成させ同人より税額数字の説明を受けて所轄税務署長あてに提出したことが認められるのであって、被告人小内に逋脱の故意があることはまことに明白というべきである。たしかに、被告人小内、保子、村松らの供述の間には、売上金の除外の割合等に関し相互に、あるいは同一人の供述でも前後で、くい違うところがあることは所論指摘のとおりではあるが、だからといってそれが被告人小内の逋脱の故意を認定する妨げとなるものではない。論旨は理由がない。

なお、弁護人西村真人の量刑不当の控訴趣意(同弁護人作成名義の控訴趣意補充書中の三)において、被告人小内の原判示第二の五(一)、(二)の所為に関し、常習性は認められない旨主張するが、右事実の関係で原判決が挙げる証拠によれば、常習性が優に認定できるのであって、原判決にはこの点での事実の誤認はない。

三  弁護人西村真人、同渡部喬一の控訴趣意第三点、その余の各弁護人の控訴趣意について

所論は、要するに、被告人小内を懲役二年六月および罰金一〇万円に、被告会社を罰金一、〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重すぎるというのである。

本件は、いわゆるトルコ風呂を経営する被告会社が、日々の売上金の一部を除外して裏預金を設定する等の方法により所得を秘匿し、昭和四四年度からの三事業年度に、合計三、五八五万〇、七〇〇円にのぼる法人税を逋脱したという事案であって、本件の罪質、逋脱の手段方法、逋脱税額等にてらすと、被告会社が逋脱各年度の本税、延滞税および重加算税を完納し、本件以後誠実に納税義務を履行していること等所論のうちに被告会社にとって酌むべき諸事情を十分に斟酌しても、被告会社に対して原判決程度の罰金刑を科することはやむをえないところである。被告会社に関する論旨は理由がない。

被告人小内は、本件当時被告会社の代表取締役の地位にあって、前記二で説示したように妻保子や従業員らに指示して売上を秘匿する等して本件各逋脱行為に及んだものであるうえ、原判示第二の一ないし五のとおりの各犯行に及んだもので、これに、被告人小内が本件各犯行以前においても多数の被処罰歴を有し、当時は博徒稲川会系の八木田一家の幹部若衆となっていたという生活態度等をも併せて考慮すると、被告人小内の犯情はよくないといわざるをえず、原判決の量刑も首肯できないわけではない。しかしながら、被告会社は被告人小内の個人経営的色彩の強い会社であるから、被告会社に対する処罰が、被告人小内個人に対してもかなり直接的に影響してくるのであって、この意味において被告会社が各本税、延滞税、重加算税等の全額を納付していることを被告人小内個人の量刑にあたっても斟酌せざるをえないこと、本件以後は被告会社の法人税および被告人小内個人の所得税についても誠実に納税義務をつくしてきていること、前示八木田一家から脱退したため、今後は原判示第二の各所為に類する犯罪を犯すおそれが少ないといえること、被告人自身本件につき深く反省して更生を誓い福祉事業等に大いに熱意を示していること等被告人のために酌むべき諸事情を総合すると、懲役刑については、実刑に処するよりは、刑の執行を猶予して社会内における被告人自身の更生への努力に期待するのが相当というべきである。論旨は理由がある。(なお、記録によれば、被告人小内は昭和四八年四月一二日賭博開張図利被疑事実(原判示第二の一関係)で勾留され同年五月二九日保釈許可により釈放されているところ、原判決は未決勾留日数を算入していないが、本件は、算入がなかったこと自体が量刑不当にあたる事案であるとはとうていいえない。田原弁護人の所論は理由がない)

よって、刑訴法三九六条により被告会社の本件控訴を棄却することとし、同法三九七条、三八一条により原判決中被告人小内に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い被告人小内に対する事件についてさらに判決することとする。

原判決が適法に確定した事実に原判決と同一の法令を適用処断した刑期および罰金額の範囲内において被告人小内を懲役二年六月および罰金一〇万円に処し、労役場留置につき刑法一八条を、懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を、主文掲記の覚せい剤の没収につき昭和四八年法律第一一四号附則第七号により同法による改正前の覚せい剤取締法四一条の五を、原審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 森真樹 裁判官 中野久利)

○昭和五〇年(う)第三四七号

控訴趣意書

被告人 六弥田観光株式会社

右代表者 小内岩一

被告人 小内岩一

右の者らに対する法人税法等違反被告控訴事件について控訴の趣意を左記の通り開陳する。

昭和五〇年五月一七日

右被告両名弁護人 西村真人

同 渡部喬一

東京高等裁判所第一刑事部御中

第一点 原判決は単に法令の解釈を誤って適用した違法があり、該違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。というにとどまらず、憲法に違反した判決である。すなわち

一、

(一) 原判決は判示第一の所為につき、被告人小内岩一(以下被告人小内という)に対し、法人税法一五九条一項を、また、被告人六弥太観光株式会社(以下、被告会社という)に対し、法人税法一五九条一項、一六四条一項を適用して処断している。

(二) しかしながら、右判示各所為に対し既に国税通則法第六八条一項、三項により右判示第一の一の所為に付き金二、四六八、六〇〇円の、同第一の二の所為に対し金四、一一四、六〇〇円の、同第一の三の所為に対し金五、五九〇、五〇〇円の、各重加算税が行政罰として賦課され、被告会社は昭和四八年二月二七日、右合計金一二、一二三、七〇〇円を完納していることは、原審において顕著な事実である。

(三) 従って原判決が右判示各所為につき、前記(一)に掲記の各法条を適用して、被告人らに対し、刑罰を科することは、法の許容しないところであり、この点、原判決は国税通則法第六八条および法人税法第一五九条の解釈を誤って適用した違法な判決であり、該違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるにとどまらず、該判決は憲法に違反したものである、とといわなければならないのである。以下、その理由を詳述する。

二、

(一)

(1) そもそも昭和三七年法律第六六号を以って国税通則法が制定された以前の法人税法の中には、行政罰と刑事罰との二つが規定されていたのであるが、国税通則法が制定されてからは、行政罰は国税通則法の中に、刑事罰は法人税法の中に、それぞれ規定されるようになったのである。

(2) 而して行政罰のうち、故意犯に該当するものについては、重加算税を賦課して、これを処罰することになつたのであるが、国税通則法は第六八条第一項および第二項において、その構成要件および処罰等を明定しているのである。

(3) 他方、刑事罰として科せられるものは、いわゆる逋脱犯(狭義の脱税犯)と称せられるものであるが、現行法人税法は第一五九条一項において、その構成要件および処罰等を明定しているのである。

(二)

(1) ところで行政罪としての重加算税の賦課は、納税義務者が租税を免れる認識のもとに、課税標準計算の基礎となる事実=課税要件事実=の隠ぺい、または、仮装等の不正行為によって、過少確定申告書を提出したり、または、確定申告書を提出しなかったことを加罰要件とするものであるが、かかる場合、租税庁は調査権を活用して、これらの不正行為を発見し、更正決定を行い、且つ処罰として重加算税を賦課するものである。それ故に納税義務者の不正行為は、これにより、すべて未遂に終ってしまったのであるから、かゝる所為につき、既逐罪を以って罰する逋脱犯の成立する余地はないのである。

(2) なお法人税の逋脱犯の成立時期については、納期説が正当であることはいうまでもない(名古屋高裁昭二六・六・一四、最高裁昭三六・七・六・各判決参照)。

(3) 従って国税通則法第六八条により行政罰として、重加算税が賦課せられ、既に処罰が行われた同一行為については、法人税法第一五九条は適用されないのである。

(三)

(1) それ故に租税庁は、法人税について重加算税を賦課した場合は、同一事実について逋脱犯として告発手続をとることはできない。若し誤って告発がなされたとしても検察庁は公訴手続を採るべきではなく、仮りに公訴手続がとられたとしても裁判所は無罪の判決を言渡すべきである。

(2) また租税庁は法人税について、重加算税を賦課すべき事実につき、逋脱犯として告発手続をとり、公訴の提起がなされた場合は、同一事実について重加算税を賦課することは法律上、許されないのである。

三、

(一)

(1) 仮りに然らずとしても、若し国税通則法第六八条により、行政罰として重加算税が賦課され、既に処罰が行われた同一行為について、更にその上に重複して、法人税法第一五九条が適用される法意であると解されるとするならば、それは憲法第三九条後段の一事不再理、二重処罰禁止の規定に反するものであるといわなければならないのである。

(2) 蓋し、重加算税は「税」という形式または名目を用い、且つ租税徴収という手続によっているけれども、その性質は前記の通り、形式的には、秩序犯であり、行政罰であることはいうまでもない(たとえば、広瀬正・判例からみた税法上の諸問題=新訂版=七二七頁参照)。しかも単なる秩序犯もしくは行政罰ではなく、実質的には刑罰的制裁であり、刑罰である罰金と同様の性質を有するものである。この点は他の秩序犯もしくは行政罰である過少申告加算税(国税通則法第六五条)や、無申告加算税(同法第六六条)等とは著しくその性質を異にするものである。

(3) すなわち、重加算税については、過少申告、あるいは、無申告の事実の他に、課税要件事実の「隠ぺい・仮装」(たとえば、二重帳簿の作成・架空名義預金・虚偽の売買契約等)の故意を構成要件としているのである(たとえば、広瀬正・前掲六四〇頁参照)。これは、まさに、不正行為という点をとらえて、その反倫理性・反社会性・罪悪性に対する非難をも含めて加えられる制裁・処罰であり、過少申告加算税や、無申告加算税等の如く、単に納税義務違反の発生を防止し、租税収入の確保をはかることのみを目的として科せられるものではないのである。

(4) 以上のように重加算税と過少申告加算税や、無申告加算税等とでは、処罰上の基本的構成要件を著しく異にしているものであり、重加算税の課税要件(行政罰としての処罰上の構成要件)である「隠ぺい・仮装」の概念は、刑事犯である逋脱犯(狭義の脱税犯)の構成要件である「偽りその他不正の行為」の概念と実質的に何等の差異はなく、ある事実が重加算税の課税要件(行政罰としての処罰上の構成要件)を充足すると同時に、逋脱犯の構成要件を充足し、刑罰を科し得るのである(本件事案はまさにこの場合に該当するものであることは一件記録により明白である)。

(5) 加之、重加算税の額は、その基礎となる税額の三〇パーセント(国税通則法第六八条第一項)、もしくは、三五パーセント(同法同条第二項、第三項)という非常に高率なものであり、場合によっては、刑罰である罰金以上に重い財産的苦痛を与えるものである。

(6) 従って重加算税の賦課は、実質的には脱税行為に対する重い制裁としての刑事的処罰であり、重加算税は刑罰である罰金としての実質を有し、脱税の重要な抑止手段として機能しているのである。

(二)

(1) 憲法第三九条の規定は、個人の人権を高度に保護するアメリカ合衆国憲法の修正第五条にいわゆる一事不再理・二重の危険禁止の規定に由来するものである。従って憲法第三九条の文言も、その制定の趣旨、立法の精神に鑑み、できるだけ国民個人の利益を尊重して、成る可く広義に、ゆるやかに解釈・適用して憲法の真精神に副うようにしなければならないことはいうまでもないところである。それ故に、憲法第三九条後段の「犯罪」とは刑罰法規に該当する犯罪行為、もしくは刑事手続により犯罪と認定された行為に限定するというように、厳格に、狭義に解釈すべきではなく、個人の人権保障・保護の見地に立って、広義に、ゆるやかに解釈し、広く実質的に刑事的処罰に相当するような犯罪的行為という趣旨であると解すべきである。重加算税の賦課は形式上からは刑事手続により罰金を科せられることとは異るから、形式的な、狭義の、厳格な意味においては、「犯罪」ではないが、重加算税の課税要件(行政罰としての処罰上の構成要件)は、実質的には、逋脱犯の構成要件と何等差異はなく、重加算税の課税の対象とされる行為は犯罪的行為であり、重加算税を賦課された行為は実質的には刑事罰である罰金を科せられたと同様の犯罪的行為であるから、憲法第三九条後段に、いわゆる「犯罪」に該当すると解すべきである。蓋し、前記の通り憲法第三九条は国家権力に対する国民の権利を保護する規定であるから、その解釈は国家権力の側からみた形式的な解釈によることなく、訴追され、加罰せられる国民の立場から実質的になされなければ、憲法の真精神は没却されてしまうからである。

(2) 仮りに然らずとしても、憲法第三九条の趣旨は刑罰以外にも準用するを相当とすべきである(宮沢俊義・日本国憲法三一三頁参照)。

四、

(一) なお、若し形式上、行政罰としての重加算税の賦課が、形式上、租税徴収という行政手続で科せられるの故を以って、刑罰としての実質を有せず、憲法第三九条後段にいわゆる「犯罪」に該当せず、また同条の趣旨が刑罰以外に準用されないものであるとするならば、重加算税という刑罰に類するような制裁を、租税徴収という行政手続で科するものであるから、国税通則法第六八条は憲法第三一条に違反するものである、といわなければならないのである。

(二) 更に立法論的には二重課税になるのではないか、と問題視されている法人税について、重加算税というような苛酷なる課税が行われ、なおその上に、重ねて刑罰が科せられ、実刑および多額の罰金が併科されうるということであれば、たとえ納税は国民の義務であるとしても、それは憲法第一三条の精神にも違反することになるのである。

五、

(一) 以上の次第であるから、重加算税の賦課と、逋脱犯による刑罰とを併科しても憲法第三九条に違反しないとする趣旨の最高裁判所の見解は、妥当であるとは言い難く、原判決が既に国税通則法第六八条が適用され、重加算税が賦課され、これが完納されている本件事案において、更にそのうえに法人税法第一五九条を適用して、これに刑罰を併科したことは、単に法令の解釈を誤って適用した違法な判決であり、該違法が判決に影響を及ぼすことが、明らかである、というのにとどまらず、憲法第三九条後段、同第三一条、同第一三条に違反した判決である、といわなければならないのである。

(二) なおこれらの点に関する最高裁判所の判例の見解については、西山富夫・「法人税法における加算税(追徴税)と罰金の併科」(ジュリスト三号九頁)および、北野弘久・「加算税制度の再検討」(税法学二四巻二〇頁)等に意見が述べられているので、茲に更に詳述することを省略するものである。

第二点 原判決中「法人税法違反」については、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

一、被告人小内に本件法人税法逋脱権の故意ありと認定した原判決は以下述べる諸点により事実の認定を誤っているものである。

(一) 被告人小内の被告会社における実質的地位からみた場合

(1) 被告人小内、小内保子、村松立子、渡辺晴夫らの捜査官に対する供述を総合すると、被告人小内は昭和二五年三月、埼玉県行田高校を卒業して、その後、各種の職業を転々としたものの、その会計・経理に関する知識は乏しく、昭和四三年に深谷トルコという個人企業を、六弥太観光株式会社と会社組織にした際、一応、夫たる立場から代表取締役たる地位についたが、これは名目的なものであって、その業務の一切は妻である小内保子、従業員村松立子、渡辺晴夫らに一任していたものである。

(2) これに対し、小内保子は、被告人小内の妻であるが、永年自己がトルコ勤務を経験し、その営業の実態を十分に把握しており、その営業方法及び営業成績を向上させるための手段も知悉していたものである。又、同女は、被告会社の取締役にも就任しており、且つ深谷トルコの経営の実権を握って、その一切をとり仕切っていたものである。

(3) 又、村松立子は、その経歴を買われ、トルコ宇宙船の会計経理及び従業員の教育の一切を委され、渡辺晴夫支配人と共にその業務に専念していたものである。

(4) このように被告会社の組織、機構上からみても明らかなとおり、同会社の経営にかゝる二個のトルコ(特殊浴場)について、深谷トルコは被告人小内の妻小内保子が、トルコ宇宙船は村松立子及び渡辺晴夫が全面的に経理会計業務に従事関与しており、具体的に被告人小内がこれを指揮監督することもなく、干渉しうる余地もなかったものである。

即ち被告人小内の被告会社に対する立場は、営業全般に対する把握で、営業資金の借入れとか会社の営業の拡大等についての計画立案などが主たるものであった。

(5) この被告人小内の被告会社に対する実質的立場がいかなるものであるかについて、捜査官の取調べも、公判における審理も非常に不十分で、ただいたづらに本件法人税の逋脱の指示をだれがなしたかという点のみに関心を払っている節がある。

この被告人小内の被告会社における実質的立場を証拠上、明確にしておかなければ「逋脱の指示が被告人小内から出た」旨の抽象的な供述を何回、関係者からいわせて供述調書なり、質問てん末書を作成したとしても屋上屋を架すの例えで意味がないものである。

(二) 被告会社における営業報告等の態様からみた場合

(1) 本件トルコは、いずれも午后三時から午前一時頃迄営業がなされるが、その収入源の主たるものは、トルコを利用する客の支払う入浴料金であり、これを各店のレヂで受けとり、伝票類その他メモ類を作成記帳するのは、前述したとおり深谷トルコにあっては、被告人小内の妻小内保子、トルコ宇宙船にあっては村松立子であり、同人らがその現金保管もなしていたものである。

(2) そして被告人小内が、その日その日のいかなる時点において、どのような方法で営業状況の把握をなしていたかをみるに、なんらこの点に関する具体的詳細な証拠収集も審理もなされておらず、ただ「開業当初から、しばらくの間、閉店後、売上メモ等により公表分と裏分とを区別して被告人小内に示し、事後報告していたが、これも、その後やめてしまい、実収入分のメモは、そのつど破棄してしまった」旨の関係者らの供述がある。しかも、毎日、午前一時すぎに閉店し、その整理をし、帰宅して後、いちいちそのような具体的な報告がなされていたかどうか、はなはだしく疑問である。このような深夜にわたる特殊な営業形態の場合、そのように正確な報告は、なされないのが常識であり、ただ単に「今日の売上げは、これだけだったよ」という程度の報告にすぎなかったものであることは十分推測できる。又被告人小内に信頼されている妻小内保子や村松立子の立場にしてみれば、それで十分であったと考えられる。

(3) それは又、被告人小内の妻、小内保子が深谷トルコの取引銀行大生相互銀行深谷支店、村松立子がトルコ宇宙船の取引銀行大光相互銀行川口支店の各行員に対し、被告人小内の指示も同意もなく、専断で架空名義の普通預金口座などを設置したり、定期預金口座を設けるなどしているところからみても明らかである。

(4) たしかに被告人小内は、金銭出納帳に売上を記帳していたが、これはただ被告人小内の妻らの売上メモ等に基いて機械的に転記していただけのことで、公表分と裏分とがどのようになっているかなどを確認することなく処理していたもので、売上メモ又は日計表記載の数額と現実に売上金として入金された金額とが一致しさえすれば被告人小内としては事足りるものであり、あとは全て小内保子、村松立子らの専断によって処理されていたものである。

又、村松立子、小内保子の供述によると被告人が、その実売上げの四割位を売上除外、即ち裏分とするように指示したとあるがこれは、まさに捜査官の押し付けによるか、迎合的供述であって、とうてい信用しがたいものである。

(三) 被告人小内らの供述に具体的検討を加えた場合

(1) 被告人小内の供述について

(イ) 昭和四七年六月二日付質問てん末書によると「月二〇~三〇万円位は売上除外しており、これが法人税法違反になることは知っていた」旨の供述があるが、これは結論的供述で余りにも抽象的で問題にならないものである。

(ロ) 同年六月二七日付質問てん末書によると「トルコ宇宙船は村松立子が毎日、売上伝票を作成し売上除外をして大光相互銀行川口支店に入金していた。定期預金をつくってわたしてくれていたので売上除外を知っていた」旨供述があるが、これは村松立子と被告人小内との間に、いかなる話し合い又は相談がなされたか全く不明であり、具体性を欠いているため、結果だけがいきなり供述化されているにすぎないものである。

(ハ) 同年八月二二日付質問てん末書によると「トルコ宇宙船について、すでに深谷トルコで売上除外をやっていたので、村松に指示してやらせた」旨の供述があるが、指示の具体的内容が明らかにされていない。

又「実際の売上の四〇人程度を除外するように指示して妻や村松にやらせていた」旨の供述があるがこれは、後述する如く、突然、「四〇人」が「四割」というように変化している点、その数字の単位、種類が全く異ったものになっていることから、その数字自体がいい加減なものであることを如実に物語っているもので信用できない上、仮に「四〇人」又は「四割」としたとしても、なぜ、そのような数字が導き出されたか、その間の事情が合理的に説明されていない。

このような点が、かなり審理不十分な点である。

(ニ) 同年九月二二日付質問てん末書によると「深谷トルコの売上除外は妻が、トルコ宇宙船のそれは私が主として保管していた」旨の供述があるが、保管分として現実に交付された現金が、なぜ売上除外分になるかについての認識説明が省かれていて、結論だけを供述させる形になっていて抽象的供述にすぎる。

(ホ) 同年一一月一一日付質問てん末書によると「決算書は毎年四月下旬頃作成し、田部井功が持参し内容を説明してくれますが、私はその額が実際の所得より低額であることは十分知っていたが、訂正させることはしていません」旨の供述があるが、どんな書類、帳簿、伝票等をもとに田部井功がそれを作成したものか不明である上、決算書記載の金額が実際の売上より低額であることを知っていた根拠が具体的に明らかにされていない。

(ヘ) 昭和四八年二月九日付検察官に対する供述調書によると、「妻に対し毎日の収入の四割位をおとしておいて銀行に偽名預金をするように指示した」旨の供述があるが、これは前述したとおり、四〇人が四割といきなり変化しており、その理由が明らかでない。逆にこのように本件逋脱税額認定に最も重要な資料の一つである売上除外人数又は比率について余りにも杜撰な取扱いをして取調べをなしている点、しかも原判決がこれに何んら疑問を抱かず審理を終了させていることは、許しがたいものである。

このような数字のごまかし乃至は感違いは捜査官のよくやる予断等からくる押し付け供述を物語るものである。

又「妻は、終業するとその日の客数と収入・経費をメモし、それを表に出す分を抜出してメモしたのを私に一緒にしてよこすので目を通した上、表分のメモにもとずき金銭出納帳に記入していた」、「四六年中位までは妻は、収支メモと表メモの両方をつくってみせてくれたが、子供の世話等もあって忙しいため、それ以後は、表メモのみ出した」旨の供述がそれぞれあるが、子供の世話と深谷トルコの仕事を一緒にしている小内保子の多忙さは、昭和四六年中位を境に変化した等ということは、あり得ず、子供らの年令からみても、その供述が不合理であることは明らかである。従って当初から四六年中位以後のメモ処理等の方法がとられていたとみるのが妥当である。次に「銀行からは週に二回位集金に来て普通預金がたまると定期預金になる」旨の供述があるが、これはまさに村松立子や小内保子が知っていた事実であって、被告人小内が預り知らないことである。

「トルコ宇宙船には村松立子を責任者にあてた。さらに渡辺晴夫をマネージャーとして開店当初から村松に除外方法を指示した」旨の供述があるが、「指示」の具体的方法、内容が明らかでなく抽象的供述にすぎないものである。

「表の分のみ記帳した現金出納帳に基いて毎年熊谷経営計算センターの田部井功さんに決算書や申告書を作成してもらい、これに自分で署名、捺印し税務署へ提出した」旨の供述であるが、ここでいわゆる脱税の犯意及び犯行既遂を特定させるかの如き供述をさせているが、前述してきた如く表の分のみ記帳した金銭出納帳であることの認識は被告人小内にはなかったものであり、結論的部分を簡単に供述させているもので具体性のない供述で信用できない。

(2) 小内保子の供述について

(イ) 昭和四七年九月二〇日付質問てん末書によると「架空名義の預金のことは大生相互深谷支店の行員から教えられ、主人に話したら『よかろう』といわれやることにした」旨の供述があるが、架空名義の預金は即売上除外又は脱税の故意を認定させるに足るものではないことは明らかである。

却って「公表分を埼玉銀行岡部支店に、裏分を大生相互銀行深谷支店に夫々区分して入れたのは私です」旨の供述がある点から被告人が積極的に関与しておらず、小内保子が自己の判断で売上除外をなしていたことを物語っているものである。

「主人は私が毎日、売上げを表と裏に区分していたことを知っておりましたし、この金で仮名の定期預金がつくられていたことはよく知っていました」旨の供述があるが、何故、被告人小内がこれを知っていたのか、そのいきさつ、具体的根拠が説明されておらず、結論的部分を供述させている点、はなはだ信用できないものである。

(ロ) 昭和四八年二月九日付検察官に対する供述調書によると「会社組織になってからは、主人の指示によって店の売上を表と裏に区別するようになった」旨の供述があるが、主人の指示とは、いかなるものでその内容が具体的にどんなものであるか、なんら明らかにされていない。

「帳面は、大体、主人が自分で記入していたので、主人としても日計表をみたり、あるいは客の人数を私からきいて毎日、どの程度の収入を裏にしているのか大体、分っているはずである」旨の供述がある。しかし、この帳面というのは金銭出納帳のことであると思われるが、小内保子の作成した日計表は表分として同女が作成したものであるが、前述のとおり、小内保子は特に事後報告の形で被告人小内に説明した内容が具体的に裏と表分の区別を明確にしていないことが推測される以上、被告人小内が自ら帳面に記帳していたとしても、それだけで売上除外の認識があったとは断定できないものである。

又「客の人数を私からきいて」とあるが、小内保子が被告人小内にそのような話し合いをしたり説明をしたりしたという具体的状況が、原判決にあらわれた証拠上、なんら存しないものである。

(3) 村松立子の供述について

(イ) 昭和四七年五月一一日付質問てん末書によると「売上除外は、四七年三月ころからやっている。それ以前には売上除外をしようとしても売上が少くておとす金も出なかった。除外する割合はとくにきかず、適当額を除外していた。これは社長に相談して作ったのではなく売上除外した内容を記載した紙片に預入額をメモしたものと一緒に社長にみせていた」旨の供述があるとおり、トルコ宇宙船に限ってみても村松立子が独断でやっていたことがうかがわれる。

(ロ) 同年八月二八日付質問てん末書によると「開店当初は小内も毎日のように来て現金管理方法、表に計上する方法、裏にする方法の指導をうけた」旨の供述があるが、なんらその具体的内容が明らかにされておらず「架空普通預金に入金したのは、昭和四五年七月から四六年二月で社長がほとんど毎日来て表と裏の区分をして表分のレジを私に打ち直させた」旨の供述があるが、右時期に関し、前記四七年五月一一日の供述が全く、くい違っておる上、そのくい違いの合理的理由が説明されていないものである。却って「売上除外割合は、社長から何か最初に指示をうけたと思うがはっきりしません」旨の供述があるように、最も重大な且つ毎日、習慣的に行っているはづの売上除外の割合についての指示内容が、いつどこでどのような指示としてなされたのかすら不明であるということは逆にそのような指示がなかったことを推測せしめるものであって、村松自身が自己の判断でしていたことをごまかすための供述と考えられる。

(ハ) 昭和四八年二月二二日付検察官に対する供述調書によると「社長の指示により毎日の収入金のうち一部を裏にしてその分のお金を別にして架空名義の普通預金に預け入れるようにしていた」旨の供述があるが、その指示がどのようなものであったか具体性に欠けているものである。

「このように実収入からどの程度、裏にするかということは社長からは大体、表と裏との割合七対三の比率にしておとすようにいわれていた」旨の供述があるが、いつ、どこで、どんな風にいわれたのか、その割合の根拠の説明もなされておらず、さらに四七年八月二八日付質問てん末書作成時から六ケ月も経過している検事の取調べで突然、七対三の比率で売上除外をしたと述べていること自体、不合理である。六ケ月前の供述が「割合、比率については、はっきりしません」とすでに記憶の外にあるのに、突然、六ケ月後の検事の取調べで、七対三の割合であると断定的に供述しているのは、そこに、なんらかの供述の変遷についての具体的な説明がなされていなければ到底信用できないものである。

(4) 田部井功の供述について

昭和四七年九月五日付質問てん末書によると「記帳は当初は月々なされていたが、次第に小内が不在の場合が多くなり、三、四ケ月位をまとめて整理するようになった」旨の供述があるとおり、被告人小内が開店当初のみ仕事に力を入れ、爾後は、こまかいところには力を入れず、村松や小内保子に一任していたこと、即ち売上除外等の行為に関与していないことを物語っている。

さらに、本件起訴事実中の賭博の点をみても明らかなとおり、妻らに仕事をまかせ、自己は営業時間又は閉店時刻ころには、外出が多く余り営業の指導、監督にも力を入れていなかったことがうかがわれるものである。

(四) 結論

たしかに判決例によれば過少申告による法人税逋脱犯の故意としては納税義務者たる法人が、真実の所得金額に比して過少なる所得額に基いて過少なる税額を算出し、前記載のある申告書を所轄の税務署に提出することの認識があれば十分であって、申告書の作成及びそれに至るまでの個々の会計的事実の虚偽又は粉飾、たとえば二重帳簿を設けて売上の一部を裏帳簿に記帳し、売上伝票の一部を除外し、帳簿に架空の仕入れや経費を計上する等の行為は、租税逋脱のための内部的な準備行為であって、それ自体は故意の対象とならないから逋脱所得額が、いかなる原因によって生じたものであるかについて、具体的に認識していることは必要ではない(昭和三八年五月一五日東京地方裁判所、判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕一四八・八三)としており、いわゆる概括故意でたりるとしている。

しかし、概括故意だから、供述が抽象的、結論的でよいということにはならない。

即ち、故意を認定する証拠が抽象的で説得力のないものであってはならないのである。

ところが、本件被告人小内らの各供述を詳細に検討してみても、それはいずれも抽象的で結論的供述に止まっており、具体性を欠いている上、重大な点において、前述せる如く各供述間にくい違いをみせており、そのくい違いについて合理的説明がなんら示されていないものである。

そのような点から前述のとおり被告人小内らの供述はとうてい信用しがたいものである。

従って原判決が、このような供述等を証拠として本件被告人小内の逋脱犯の故意を認定していることは、明らかに事実の誤認であって許されないものである。

二、 本件は、所得額、逋脱額の算定、即ち推計計算の合理性に著しく欠けるところがあり、ひいてはそれが、逋脱額の認定を誤らしめているものである。

(一) 推計計算の合理性の存否を判断するための要素には、いろいろのものがある。

第一に、その推計計算をする基礎とした資料ないし数字が客観的で正確なものでなければならない。もし、この基礎が信用でき難いならば、この上に築かれた計算は、何の意味もないからである。

第二に押収にかかるある期間の実際の収入記録等によって全体を推計することが行われるが、この場合は、その記録が量的にも質的にも、金額的にも全体をカバーするに足るウエイトがなければならない。

又、期首資産金額および経費金額については、「これ以上ではない」、期末資産金額および売上金額については、これとは反対に「これ以下ではない」と認められる範囲内の金額にとどまらなければならない。

この点は、推計が被告人の利益を最大限度考慮した範囲内の金額であることを意味している。

(二) 公表上の数字やこれをもとにした諸比率を使用して推計する場合には、そこで使用される公表上の諸比率等がいずれも正当なものでなければならない。例えば、公表売上高から実際売上高を推計するには、各事業年度の実際売上高と公表売上高との比率が各月とも一定でなければならない。

(三) 又法人税法において所得の計算をいわゆる損益計算法により算定することが法の趣旨とするところであり、又妥当な方法であることは明らかである。勿論、それは関係書類が完備し、直接に算定することが可能なる通常の場合においていい得ることであり、本件のように必要とする経理関係の帳簿類が焼却されたり、正確に記帳されていなかったりして、損益計算法によりがたい場合においては、財産増減法によることも、たしかにやむを得ない措置として許容されるべきかもしれない。

(四) しかし、本件の証拠関係をみると実収入をあらわす売上メモはそのつど破棄されてしまっていること、残っているのは深谷トルコ分として、昭和四八年領第三四号符号四七号メモ一綴で、昭和四七年四月一五日から同年四月二二日迄の僅か八日間分と、昭和四七年五月八日から同年五月一〇日迄の僅か三日分、計一一日分の毎日の小内保子が作成していた表に対する分のメモと、トルコ宇宙船分として、昭和四八年領第三四号符号四四号売上メモ一綴、同号符号七〇号売上メモ一綴で昭和四七年四月二六日から同年四月三〇日迄の僅か五日間分と、同年五月五日から同年五月一〇日迄の僅か六日間分、計一一日分で村松立子が作成していたメモのみである。このように三期分にわたる長期の収支を推計計算するのにはあまりにも少数すぎる証拠資料をもとにして、行われる推計計算は、非常に不正確なものといえる。

又、売上除外分の割合、比率についても、前述したとおり毎日四〇人としたのか、売上の四割としたのか、又は七対三の割合にしたのか、はなはだあいまいであり、そのいずれをとったにせよその根拠が不明である。

さらに、売上除外分、即ち裏分の預金中には、被告人小内の競輪等によって得た現金や生活費からの逆流分も入っているし、小内保子も約六六〇万円入れているのに対し、右差引計算が正確になされていないのである。

次に被告人小内の大沢礼子に対する五〇〇万円の債務の弁済についての控除もなされる必要がある。

このようなことから脱税額計算書(昭和四四年三月一日から同四五年二月二八日)、同(昭和四五年三月一日から同四六年二月二八日)、同(昭和四六年三月一日から同四七年二月二九日)の計算根拠ははなはだあいまいで不正確であり、前記推計計算はその合理性に著しく欠けるものである。

第三点 原判決の量刑

原判決の量刑は不当である。

仮りに前記第一点、第二点の主張が認められないとしても、次に述べる諸点から原判決の量刑は不当であり破棄を免れないものである。

一、 被告人小内の脱税の犯意は極めて微弱であり、六弥太観光株式会社の代表者という立場上やむを得ず、主たる準備行為者である村松立子、小内保子に引きづられてなしたもので、いわば黙認した形での犯行加担であり、代表取締役であるが故に特に重く罰せられるいわれは全くないものである。

しかし、その発端は、資金獲得に奔走する銀行員らのサジエスションによって始まったものであって、その犯情は必ずしも悪質とはいえない。

二、本件犯行の態様も極めて単純であり、売上除外を主とした犯行であって、売上メモ、日計表の操作のみによるものであって必らずしも悪質とは言い難い。

三、又、既に被告人らは、本件発覚に伴い昭和四四年三月一日より同四五年二月二八日分の本税八、〇六二、〇〇〇円、延滞税一、六六五、六〇〇円、重加算税二、四一八、六〇〇円、昭和四五年三月一日より同四六年二月二八日分の本税一一、七五六、二〇〇円、延滞税一、五七〇、六〇〇円、重加算税四、一一四、六〇〇円、昭和四六年三月一日より同四七年二月二九日分の本税一八、六三五、三〇〇円、延滞税一、一二五、五〇〇円、重加算税五、五九〇、五〇〇円を、全額納入済みである点も十分量刑に考慮されるべき点である。

四、次に、被告人小内は、これまで、ある団体とのつながりを有していたものであるが、それがため情義上、不必要な金の融資等も余儀なくさせられていたことなどから脱税事件や賭博事犯を惹起してきたものであるが、今回の事件を契機として、その団体と全く絶縁する旨を誓約しており、右は実際に実行に移されているものであることは弁護人提出の証拠により明らかであるからもはや再犯のおそれはないものと確信されるのである。

五、又、賭博事犯についてみるに、たしかに、常習性を帯びている点は、許しがたいところであるが、今回の脱税摘発が被告人小内に与えたショックは想像しがたい程大きく、これを転機として一意専心、自己の営業にのみ力を注ぎ、その健全な経営を図るとともに、家庭生活の不健全な点も排斥して行く決意がなみなみならぬものであることがうかがえるものであることからも、被告人小内の立直りは十分期待できるものである。

そして本件賭博事犯自体についても、客として入っているものは、すでに数回にわたり賭博を経験している者ばかりを集めたものであり、全くの素人の客を無理矢理、賭博にさそい入れたようなことはないのである。

又、被告人小内は、本件賭博事犯によってなんら利得もしていないものである上、自分の舎弟分にあたるものが、どうしても賭博をやりたいというので情義上、これを拒絶することが出来にくいことから、人の良さも手伝って、つい賭博幇助行為をなしてしまったものである。

六、覚せい剤所持については、本件国税局の手入れによって、自己の財産がどうなってしまうのか、これからの営業が果して可能なのかどうかという不安から、イライラした心理状態が続いたため、それを回避するため、つい手を出してしまったものであり、犯情宥恕すべき点がある。

又、被告人小内が覚せい剤に興味を持ったのは、昭和二六年頃、即ち一八才の無分別な年令で、しかも終戦後間もない混乱時期に手を出したのみであり、そのきっかけについてもやむを得ない事情が認められる。

七、被告人小内は犯行前から日本赤十字社などに多額の寄附をしていたが本件犯行後は前非を悔い、更生事業等のために多額の金員を寄附し、社会に貢献して罪の償いをしていることは弁護人提出の各証拠書類によっても明らかであり、既に更生への道を歩み出して居り、再犯の心配は全くないものと確信される。

八、以上の各諸点および被告人が老母に孝養をつくし、妻子を扶養して行かねばならない等の点をも十分に考慮して量刑をもって当るのは刑事政策的にも得策ではなく、やはり執行猶予の恩典に浴せしめて更生を完全ならしめる機会を与えてやるべきものと思料されるのである。また、被告会社については前記の通り既に莫大な重加算税が賦課され被告会社は既にこれを完納しているのであるから、重ねて罰金を科すべきではないと思料されるのである。以上の次第であるから原判決の量刑は著しく不当であり、破棄さるべきである。

控訴趣意補充申立書

被告人 六弥太観光株式会社

被告人 小内岩一

右被告人両名に対する法人税法違反、被告人小内岩一に対する賭博開帳図利幇助等被告事件につき左の通り控訴趣意の補充申立を致します。

第一 被告人六弥太観光株式会社及被告人小内岩一に対する第一審判決はその刑の量定に於て不当なるものがあると思料します。

(一) 右被告人会社は、本件発生後その経営する事業の収支を明にし納税の正確を期する為、信頼し得る税理士にその経理を一任し左記の通り法人税の納付を完遂しています。

納付年度 所得税額 事業税 県民税

昭和48年2月 九、九三六、六〇〇円 三、三六一、二〇〇円 五五六、四一〇円

昭和49年2月 七、〇七六、二〇〇円 二、四九二、一六〇円 三九六、二五〇円

昭和50年2月 一五、九九五、九〇〇円 五、〇八〇、〇五〇円 八三一、七四〇円

右の事実は被告人会社の代表者である被告人小内岩一が法人税を完全に納付すべきものであることを認識したことが明であると共に、今後に於ても再び脱税することのないように、会社の経理機構を整備する措置をとったことを認めるに十分であります。

更に被告人小内岩一に於ては、その個人所得税として昭和四八年度分二、九七〇、四六七円を、昭和四九年度分四五五、三七七円を納付しており、以って納税義務につき深く反省しておることを認め得るのであります。

然らば、右の事実は法人税法違反の情状を酌み取るべき一端の事実として認め、以って罰金額の軽減と同時に、被告人小内岩一に対する懲役刑をも軽減するを適当と考えるものであります。

(二) 被告人小内岩一は既に暴力団八木田一家を離脱しており、今後は事業家としての途を進むべく努力しており、且つ事業の収入は生活を支えるに十分で、他の不正な収入(即ち賭博銭)を計る必要なく、従って今後再び犯行を重ねる点なきものであります。又、覚せい剤は一時的に自己の使用に供したのであり、之を他に転売して利益を計ったものでないことは明であります。今後覚せい剤を使用すべき生活状況が発生しないことは十分に認めることが出来ます。

以上の如く被告人小内岩一については、今後の生活状況から考え、又本人の改悛反省の情も認め得る点からも考え併せると、再犯の点全く無いものと云って過言ではありません。

然らば被告人小内岩一に対しては、懲役刑につき実刑を科する必要なく、寛大な処分こそ適正なものと思料します。

右の情状を明に致し度く情状に関し証人として被告人小内岩一の旧知横山公を御尋問願います。

右の通り陳述します。

昭和五〇年七月二十二日

右弁護人弁護士 田中豊恵

東京高等裁判所第一刑事部御中

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